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2017年4月

浄める側と浄められる側 意識逆転 (最終回)

辻本 一英(芝原生活文化研究所代表)
 
 芝原生活文化研究所の資料室には人形163体がある。人形は「阿波木偶箱廻しを復活する会」の中内さんの師匠が使っていたもので、2001年の正月まで使用されていた。師匠は周りに知られないように得意先を廻っていた。なぜこの師匠を探し出すことができたかというと、僕は若い時に池田高校定時制の臨時教員をしていた。そこには部落の生徒や中山間地の生徒、経済的に厳しい生徒たちが通っていた。僕は同和教育でどんどん部落に入っていたので顔が利(き)いていた。「僕の婆ちゃんもえべっさんやっとったんや」というと、同業者の孫だということで迎え入れてくれた。箱廻しは道や農家の庭先で人形芝居を出張して行う大道芸である。
昔、人形が川に流された。同和対策事業で住宅を建てるというので家を壊した。その時、有形文化財や技術的な無形文化財の木偶が消えて行った。うちの場合も家を壊すときに「人形をどうしようか、子や孫には見せたらいかん」と親父とお袋、婆ちゃんが相談したという。負の遺産と思っていたからほとんどの家がコッソリ処分してしまった。
三番叟廻しが玄関へ来る。太鼓が鳴って玄関で何かやっている。何かわからない子どもは、三番叟廻しがお米や小銭を貰って帰っていく姿を見て「物もらい」だと思う。だがそうではない。神事芸能として、年始の神を迎える大事な家の習俗として定着している文化なのだが「物もらい」と見られていた。だが今はユネスコも注目してくれる。私の友人にスミスというオランダ人の言語学者がいる。非公式に私の家へ来て「人形を見せてほしい」と言われた。当時、彼はユネスコの世界文化遺産課長だった。日本で開かれたユネスコの会議で富士山が世界遺産に落選して小笠原と平泉の金色堂が採択された。「信仰の山である富士山のふもとの湖にはモーターボートが走り、水上スキーまでやっている。ゴミも捨てられている。これでは世界遺産に該当しません」と言う。小笠原の場合、いろいろな植物が持ち込まれないように、ボランティアの案内役の青年はスニーカーの裏をタワシで洗う。他の植物種が入ってくると小笠原固有種の保存ができない。彼はこの姿に感動した。私たちは人形を世界遺産に登録申請していないが、ユネスコACCU賞を受けた。戦後、県西部の箱廻しの人たちのところへ進駐軍がやってきて3ドルぐらいで人形を買い占めて行った。ある意味で文化的略奪だった。1951年に文化財保護法を急いで作ったのは、大事な大名の財産までもが海外へ流出するのを防ぐためだった。
昔は地鎮祭でも神主さんを雇わず、三番叟芸人がやっていた。人形の目がクルッとあき、口がバカッと開く。この瞬間に一年間の厄(やく)が払われる。手に持っている鈴が鳴って田植えを表現し、上で鳴らしているのは漁師が網を打っている様子を表現している。阿波踊りもそうだ。田楽(でんがく)とも言うが、農業と関係が深い。面白い部分はお座敷芸となり、更に磨かれて舞台芸になり、いよいよ神事と関係がなくなっていった。文楽は正月2日、国立劇場で人間国宝が舞う。それは1年間、ケガなく興業がうまくいくようにという神事である。三番叟は神棚に祭られる。烏帽子(えぼし)に金と黒の12本の筋が書かれているのは12カ月を表し、1年間お守りするという意味である。月と太陽、地球との関係、潮の満ち引き、つまり潮が満ちる時に人が生まれ、引くときに死ぬ。「きよめる」と言うが、誰がけがれているのか。それが逆転してきよめる側が差別されている。それは触穢との関係である。平安時代には、けがれに触れると自分にけがれがうつるという伝統的な差別観念があり、部落差別を支える底流となった。

人形の値段 顔20万円 衣装80万円

 辻本氏は人形の値段を次のように語っている。
「僕は718体の人形を持っている。講演料のほとんどを人形につぎ込んでいる。例えば明智光秀の人形。値段は顔が20万円、目、眉毛など可動部位はそれぞれ10万円、髪の毛40万円。手が20万円。指の関節が動くように修繕しているので修繕費もかかる。足が15万円、衣裳が80万円。通常の人形なら30万円~40万円だが、プロが使う精巧な人形は値段が違う。更に明治30年代、40年代の名工による骨董品としての価値も加わる。人形は箱に入れて移動するが10年ぐらいしかもたないから高くつく。人形は消耗品である」(写真は香川人権研究所)
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