2013年6月

戦没した船と海員たちの声が聞こえる「戦没した船と海員の資料館」(神戸市)

 ここには太平洋戦争で日本軍に徴用されて戦没した民間船1,300隻の写真や模型が展示されている。写真の「ぶらじる丸」(1万2,752トン)は1942年8月、南太平洋トラック島付近で米軍の攻撃により撃沈された。
 開戦当時日本の船腹量は約600万トン、世界第3位だったが商船の9割近くが戦争で沈められた。終戦時に残ったのは約30万トンほどだったという。
 開戦になると軍や政府は兵員や武器弾薬などの物資輸送を民間商船に頼った。1941(昭和16)年に「戦時海運管理要綱」が作られ、日本船は全て政府の命令によって乗組員ごと最前線に出された。米軍の戦略の一つが日本の補給路(商船による輸送路)を絶つことだった。商船は戦闘目的に作られていないうえに乗組員は戦闘訓練も受けていない。日本商船は米軍の潜水艦や飛行機のターゲットにされた。こうして遠洋マグロ漁船やカツオ漁船等もふくめ、ほとんどの民間船が沈められてしまった。兵士の輸送船となった民間船は船倉に「蚕棚ベッドを」作っておおぜいの兵士を乗せた。米軍の魚雷攻撃を受けると船底にいる兵士たちは甲板まで逃げ出すことができず、ほとんど溺死(できし)したという。魚雷の爆発で戦死した人もいるが、ほとんどは溺死だった。わずか二、三分で船が沈むから逃げ出すのは不可能だった。すべては人災だった。
戦争体験の風化をおそれる会員たちのカンパによって資料館は設立された。彼らは言う。「平和でなければ航海できない」と。
(イラストは上田毅八郎さん)

戦没した船と海員の資料館 (中段の写真は資料館内の様子)

〒650-0024 神戸市中央区海岸通3-1-6 078-331-7588

被害内訳

戦没船の内訳
官・民一般汽船
3,575隻
機 帆 船
2,070隻
漁 船
1,595隻
合 計
7,240隻
犠牲者の内訳
海 員
60,600人
民 間 人
59,200人
軍 人
101,000人
捕 虜
10,800人
合 計
231,600人
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