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ホロコースト記念館 アンネの隠れ部屋を再現竹細工の作業風景
 広島県福山市にある「ホロコースト記念館」。「ホロコースト」とはギリシャ語で「全てを焼きつくす」の意味で、とくにナチス・ドイツによるユダヤ人大虐殺をさす。1971年、大塚信氏が「アンネの日記」で有名なアンネ・フランクの父親オットー・フランクと偶然出会い、歴史を若い人に引き継いでもらいたいと1995年に開館した。
竹細工の作業風景 館内にはアンネなどユダヤ人の悲劇を伝える史料500点を展示。アンネが日記をつづった隠れ部屋も再現されている。壁には当時のスターや花の写真などが飾られ、アンネの息遣いが伝わってくる。ナチス・ドイツによってアンネをふくむ150万人の子どもが犠牲となった。
ユダヤ人問題と迫害の歴史
竹細工の作業風景 ユダヤ人は現在、アメリカやイスラエル、ロシア、フランスなどに1600万人いる。二千年ほど前に国を追われて世界中に散らばり、キリスト教ヨーロッパ社会などで様々な差別を受けた。19世紀には「ユダヤ人は人種的に劣った民族で優秀なヨーロッパ人種の敵だ」という考え方が起きた。1935年、ヒトラーはニュルンベルク法を布告してユダヤ人を「劣った民族」とし、5歳以上は服に黄色いダビデの星をつけることを義務付けるなど、ユダヤ人の排除を強めた。
 1939年、ドイツ軍がポーランドに侵入して第二次世界大戦が始まった。ヒトラーは進行先で次々とユダヤ人をゲットーと呼ばれるユダヤ人居住区へ収容した。1942年には「ヴァンゼー会議」でユダヤ人対策の最終方針(殺害、根絶、絶滅)が決定され、ホロコーストは一挙に加速された。
杉原千畝と人道主義
竹細工の作業風景 一方、ユダヤ人を支援した人たちもいた。その一人が日本の外交官・杉原千畝(ちうね)。リトアニア日本領事だった彼は、ロシアを経て日本経由でアメリカへ向かうポーランド系ユダヤ人のために1940年から1か月間に2319通のビザを手書きで発給し、6000人の命を救ったと言われている。


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