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 「瀬戸内国際芸術祭2013」の会場、国立療養所大島青松園で鳥栖喬さんの写真展が開かれている(11月4日まで)。写真はハンセン病差別と闘った入所者の日常生活の姿を伝えている。
「夫婦のポートレート」(写真上)
 60年代中期の撮影とみられる。男性は「萩原とおる」、女性は「林みち子」の名前で短歌を発表していた。ハンセン病への無理解と差別が非常に厳しかったため、家族などに迷惑がかかるのをおそれて本名を隠さざるを得なかった。園内名のまま納骨された人もいる。
「せいしょう丸進水式」(写真中)
 1968年3月26日、園専用船「せいしょう丸」の進水式が行なわれた。お祝いの餅まきが行われ、東の浜には大勢の入所者が集まった。同船には職員席と入所者席を区別する仕切りが設けられていた。
「共同作業」(写真下)
 道路工事の様子で60年代後期とみられる。アスファルト舗装の工事は園側が実施したが、基礎のコンクリート工事は入所者が行った。入所者による作業は「患者作業」と呼ばれ、重症者の看護から風呂焚き、井戸水の汲みあげ、洗濯、使用済み包帯やガーゼの再生、食事の配送、土木工事、大工・木工、義足作り、し尿の汲み取り、火葬まで行われた。職員不足を補うためだった。1959年に群馬県で作業中の入所者が機械に巻き込まれて死亡し、「患者作業」の矛盾(「作業賞与金」が支払われていたが患者労働はありえない、患者労働によって施設運営が成立しているのは本末転倒など)が露呈した。事故をきっかけに作業を職員に切り替えるととともに作業補償の見直しなど、入所者の人権保障が進んだ。


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