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1.琴弾公園 / 2.弁天さん・JR海岸寺駅 / 3.高松地方裁判所 / 4.土庄町公民館跡 / 5.高松市中央公民館跡 / 6.JR高松駅 /7.大島青松園 / 8.厳島神社 /9.三本松小学校 / 10.綾川町教育委員会 /11.四国学院大学 /12.本島 /13.香川県人権啓発展示室

 1924 年7月 11 日に、観音寺町公会堂で香川県水平社が結成されました。県水平社は氏子入りや公営墓地参入の闘い、学校での部落児童に対する差別糾弾、部落改善費の不正使用糾弾などに取り組むと同時に、ミソやショウユなど生活物資の共同購入にも熱心に取り組みました。公会堂跡地には現在、観音寺市立「老人憩いの家」が建っています。近くには砂の造形「寛永通宝」、観音寺市立郷土資料館、「世界のコイン館」、温泉などがあります。また「青春デンデケデケデケ」の作者・芦原すなおさんの実家周辺は、歩いて映画ロケ地をまわることができます。
  琴弾公園 JR予讃線「観音寺駅」から徒歩 15 分
 観音寺市人権推進課 電話・ 0875-23-3928
 1972 年8月 17 日の夜、結婚問題で悩む徳島の男女( 19 歳同士)が自殺しました。男性は旧国鉄詫間駅前の通称「弁天さん」で首をつり、女性は旧国鉄海岸寺駅構内の線路上で列車によって即死しました。女性の遺書には、「私の出身が悪いと反対された」と書かれていました。徳島では大きな社会問題となり、葬儀には県知事も参列しました。NHK徳島放送局は特別番組「同和問題解決への道・ある心中事件の教訓」を放送するなど、同和教育の取り組みが強化されました。
  弁天さん JR予讃線「詫間駅」から徒歩 2 分   海岸寺駅  JR予讃線
 治安維持法下での水平社最大の闘い「高松差別裁判糾弾闘争」発端の場所。高松地方裁判所は 1933 年、「結婚の際に部落出身を隠すためにウソをついた」として部落青年に誘拐罪で懲役1年(兄に 10 カ月)の刑を下しました。「差別裁判だ」と水平社は全国的な運動を展開し、政府に判決撤回を求めました。運動の結果 2 人は釈放され、裁判長など関係者が処分されました。戦後 1946 年 7 月に政府は謝罪しました。結婚の自由を求めるたたかいでした。高松地方裁判所は現在、新しい建物になっています。
  高松地方裁判所 JR高松駅から徒歩 7 分
 1957 年7月 25 日から 3 日間、第 1 回部落解放全国青年集会が小豆島土庄町公民館で開かれ、参加者は各地の部落差別の実態を肌で知って差別の矛盾に目覚め、その後部落解放運動の指導者に育っていきました。公民館の玄関には大きなソテツがありました。公民館は木造二階建て、ガラス窓が多くて明るい建物でした。現在は新しい公民館が建っています。
  土庄町公民館 土庄港から徒歩 15 分

 現在高松ワシントンホテルがある場所には、かつて高松市中央公民館がありました。ここで 1957 年8月 30 日に部落解放同盟香川県連合会の結成大会が開かれました。県内 47 部落から 70 人が参加して、結婚差別や就職差別、消防団での差別、公営住宅に入居できない問題などを訴えました。戦後の解放運動はここから出発しました。公民館は木造二階建てで、元は野田産業の本社事務所。同社が坂出へ移転する際に高松市に貸与されたものです。

  高松ワシントンホテル 琴電・瓦町駅から徒歩 15 分
 JR高松駅はだれもが利用しやすい駅です。視覚障害者のための音声誘導装置や非常口表示機、低い位置に置かれた自動券売機や時刻表、幅を広くした改札口、ホームは階段のない平面通行方式、車椅子用トイレや授乳施設、人口肛門利用者のための装置などが整備され、「ハートビル法」の認定を受けています。JR高松駅を始め、サンポート一帯が同様な工夫されたエリアとなっています。
  サンポート JR高松駅周辺
  JR四国人権啓発室  電話・ 087-825-1622

 高松市沖にある大島青松園は離島にあるハンセン病施設です。園は 1909 (明治 42 )年中四国 8 県によって開設され、 1941 年に国立療養所になりました。戦後は治療薬によってハンセン病は完全に治る病気に変わりました。絶対隔離策を定めた「らい予防法」はようやく 1996 年に廃止されましたが、今なお誤解や偏見のために社会復帰できない人たちが余生をすごしておられます。 最近はハンセン病問題を学ぶ学生などの訪問が増え、園は人権学習の発信拠点となっています。

  高松港と庵治港から厚生労働省の船が就航、所要約 20 分、無料。
  高松市人権啓発課    電話・ 087-839-2292
      国立療養所大島青松園 電話・ 087-871-3131
 1950 年、財田村(現三豊市)でヤミ米ブローカーの男性が殺され現金が奪われました。現場は国鉄「さぬきさいた」駅北、厳島神社の裏です。事件 1 ヶ月後、ある青年が別件で逮捕されて自白させられます。無罪を訴えましたが死刑判決が確定。青年の訴えを読んだ丸亀の矢野伊吉さんは裁判官をやめ、弁護士とな って青年の救済を始めます。必死の弁護活動によって再審の扉がこじあけられ、 1984 年に青年は無罪・釈放となりました。物的証拠がないうえに素行が悪いからやりかねないとの偏見による冤罪の構造は、狭山事件でも問題となっています。
  JR土讃線「さぬきさいた」駅
 東かがわ市立三本松小学校には保井 ( やすい ) コノの銅像があります。保井さんは 1880 年に三本松で生まれた日本初の女性博士で、「男尊女卑」の風潮と闘いました。執筆した教科書を「女に書けるはずがない」と不合格にされたり、アメリカ留学を申請すると「女の公費留学は税金の無駄遣い」と言われたりしました。しかし保井さんは研究を続け、とくに石炭研究の業績を認められて 1927 年に東京帝国大学から理学博士号を授与されました。これをきっかけに、その後 10 年間に女性博士 20 人が誕生して今日に至っています。
  JR高徳線「三本松」駅下車 徒歩 5 分
  東かがわ市人権推進室 電話・ 0879-26-1227
 綾川町教育委員会には、「滑稽新聞」「震災画報」「奇」などジャーナリスト宮武外骨さんのオリジナル雑誌(実物)が収集されています。外骨さんは 1867 年に現在の綾川町に生まれ、「権力に屈せず過激にして愛嬌あり」のキャッチフレーズで人気を得ました。水平社創立以前から部落問題の専門誌を発刊し、〈法律によって部落差別を規制すべし〉〈差別撤廃には行動が必要〉と主張しました。関東大震災では「震災画報」を創刊して朝鮮人虐殺を批判、大正デモクラシーで早くも「人権」の言葉を用いました。
  綾川町教育委員会 琴電琴平線「滝宮」下車徒歩3分
  綾川町教育委員会 電話・ 087-876-1180
 四国学院大学では人権問題の取組が盛んです。講義では部落問題、女性や子ども、障害者、高齢者、外国人などの人権を取り上げています。障害を持つ学生を支援する「ノートテイク制度」や「アテンダント(介助)制度」、人権の全学イベント「マイノリティーウィーク」などもあります。また「特別推薦入学制度」はこの大学独自の制度で、被差別部落出身者・被差別少数者・身体障害者などの教育を受ける権利を保障するものです。アメリカでは一般的ですが、日本ではまだ普及していません。旧陸軍師団本部の建物を一部使用しており、明治の雰囲気が伝わります。
  JR土讃線「善通寺駅」下車徒歩 10 分
  四国学院大学企画課 電話・ 0877-62-2111

 丸亀市の本島は瀬戸大橋が目の前に広がり、映画「機関車先生」のロケ地になりました。夏は海水浴、釣りは一年中楽しめます。江戸幕府の直轄地で、勤番所に徳川家康の朱印状が残っています。島の船乗りは咸臨丸に乗り組み、日本の近代化に貢献しました。笠島集落には江戸時代の街並みが再現され、癒しの空間となっています。 島には「たんちゅう墓」と呼ばれる差別戒名の墓地が発見されています。 「島から出ることが出世」との考えが過疎化に拍車をかけてきましたが、和大鼓グループ「荊(いばら)」は島からの発信を目指しています。

  丸亀港からフェリーが就航、所要 35 分。
  丸亀市山根文化センター 電話・ 0877-27-3938
 2003 年4月にオープンした県内初の人権啓発展示施設。県が「香川部落解放・人権啓発センター」(丸亀)に整備したものです。展示コーナー、図書室、ビデオコーナーが併設され、広さ約 100 u。行商人のジオラマ、靴修理の道具、魚等販売のサオバカリ、売薬行商人の薬やカバンなど、香川の部落産業・行商がメインです。太鼓作りの模型、地元大島青松園で使うハンセン病治療薬もあります。体験コーナーでは点字名刺作り、ユニバーサルデザインのジュース自販機などが体験できます。
  JR 丸亀駅からバス約 20 分
  特定非営利活動法人・香川人権研究所 電話・ 0877-58-6868
 

*この記事を利用される場合は必ず香川人権研究所へご連絡ください  TEL 0877-58-6868


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